日本の家に、部屋全体を暖める「暖房」という考え方が出てきたのは、昭和40年(1965)頃、簡易な石油ストーブが現れてきてからだそうです。
断熱材の出現
古くはもみ殻や石炭ガラを壁の中や天井裏に敷き詰めていたのが、昭和40年代になってグラスウールや発泡スチロールが出現し断熱材として使用されるようになりました。
この断熱材、まず北海道から普及が始まり昭和40年代末には50㎜のグラスウールを床壁天井に入れることは普通になりました。
この頃日本は高度成長期にさしかかり、北海道では高級な石油温水セントラルヒーティングの普及が始まりました。ところが昭和48年、第一次石油ショックが起こると灯油価格が高騰。暖房器具は石油ストーブに戻ってしまいます。
こうしたなか北海道では、グラスウールは壁には100㎜、床天井には200㎜をいれることが一般的になってきました。
北海道では、冬に部屋の温度を25℃以上にして半そでで生活しているなどといわれるほど石油ストーブによる暖房が行われていたそうです。
断熱材を厚くすることで、部屋の環境もよくなり灯油も節約されると思いきや、50㎜の断熱材のときとほとんど変わりません。
それどころか新築から2~3年で壁や床が腐ってしまうという現象が起こり始め、その被害は数千戸にも及び大問題となりました。
壁や天井裏で起こった結露
昭和50年代後半、研究によりその原因が分かりました。
床下空間の水蒸気や室内の湿った空気が、壁や天井裏に入り込みそこで結露し、木材の腐朽の原因となったということです。
これは北海道だけの問題ではなく、現在では日本各地で起こっていて日本の住宅の寿命が短いという問題の一因となっています。
外壁通気工法
そこで考え出されたのが、外壁と内壁の間に空気が動くことのできるスキマを設けて、水蒸気を壁内から排出する通気工法です。
現在では一般的となっているこの工法ですが、当初はグラスウールがこのスキマに直接露出していたため、風が強い日は、風雨が壁を突き抜けて室内に入ってくるという結果になってしまいました。
ここで現れたのがアメリカはデュポン社の「タイベック」という紙です。透湿防風シートといって水や空気は通さずに水蒸気だけを通すという優れものです。
これにより、壁内での結露に対してはかなり改善されたものの、天井裏で起こる結露の問題はまだ解決されません。
気流止めという考え方
平成7年(1995)に起こった阪神淡路大震災では、外壁の外側に合板を張ったツーバイフォー住宅が被害が少なかったことで注目を浴びました。
この工法は壁がパネル状に造られていて、壁内の空気が逃げていかない気流止めを備えていることから、工法自体が断熱的に優れた性能を併せ持っていました。
この気流止めを在来工法の壁に取り入れることで、天井裏の結露問題も解決されました。
⇒関連記事:気流止めは省エネ住宅の要、きちんと施工されないと設計性能は絵に書いたモチ!
外張り断熱という工法
従来の、グラスウールを壁内にいれる工法(充填断熱工法)に対し、断熱材を壁の外側にぐるりと張ってしまおうというのが「外張り断熱工法」です。
柱や梁が断熱材のつなぎ目となる「充填断熱工法」にくらべ、「外張り断熱工法」は家をすっぽり包むことのできるので、理にかなった工法といえます。
ただし注意すべきデメリットを2点挙げておきます。
①外壁材と柱や梁の躯体との間に、強度のない断熱材が配置されるこの工法では、長いネジ釘で外壁材を固定します。当然長い時間の中で外壁や屋根が緩んで垂れ下がる恐れがあります。
先の新潟中越地震では、縦揺れによってこの工法の外壁材がはがれ落ちる事故が多数あったそうです。最近では、外張り断熱用の長ネジ釘の改良されたものも流通していますが、施工に関しては細心の注意をはらいたいところです。
②断熱材として多用される発泡プラスティックは、可燃材で有毒ガスを発生します。
隣家の火災の炎が、通気層などのすきまから入り込んで断熱材が燃焼するという事故も実際に起こっているようです。ただし、グラスウールなどの不燃材を使用することで、この問題は解決できます。
⇒関連記事:外断熱について考えてみた
まとめ
最新の省エネ基準は、「平成25年基準」ということになりますが、躯体に限って言えば、「平成11年基準(次世代省エネ基準)」から変化はありません。
高断熱高気密住宅の専門家の中には、「平成11年基準」は、「増エネ」基準で全く省エネになっていない、省エネ度を20%高めたZEHですら、あともう一歩というひともいます。
奥の深い分野ですが、これからさらに掘り下げていきたいと思います。